復刻タイヤtitle

あの日の感動に再び包まれ、泣いてほしいとさえ思っています。
過去~現在~未来。
それが、マツダが想う”レストアの心”。

「もっと自由に! もっと楽しく!」
驚きのかけ声の中で誕生したタイヤ。


1987年、初代ロードスターの開発が進むマツダのテストコースに大きな声が響いた。

「グリップばかり気にしないで! 滑らかにスライドさせよう。美しい軌跡を路面に描こう。人馬一体を楽しんでもらえる ロードスターを、一緒に創ろう!」

その声に、専用タイヤ開発のために広島を訪れていたブリヂストンの池田は、驚きを禁じ得なかった。

「ハイパフォーマンスカーが世界的な流行の兆しを見せていた時代でした。溢れるパワーを受け止めるハイグリップタイヤの開発こそ、タイヤメーカーの腕の見せ所。そんな空気が我々を包んでいた、そんな時代だったんです。そこへ、あのかけ声です。ハッと目が覚めるような思いがしました。こと、ロードスターに於いては、もっと大切な価値がある。それが、これから生まれようとしているロードスターに込められた開発陣の想いなんだと、心に刻まれた瞬間だったんです。」

初代ロードスターのタイヤ開発に携わった操安性能開発部 笠原(左)、株式会社ブリヂストン 池田さん(中央)/皆川さん(右)

テストコースでは、いつも笠原と一緒だった。マツダの笠原にとっても、これが操縦安定性の開発を専任する初めてのクルマだった。

「いま思い出しても、とても難しい開発でした。なんと言っても、前例がないわけです。先代に較べてもっとこの部分を伸ばそう、という開発ができない。開発陣にとって基軸となる現状はなく、あるのは志だけです。平井主査の想い描く“人馬一体”という世界は、一体どういうものなのか。雲を掴むような話を一つひとつカタチにしてゆくような日々でした。ただ、これだけははっきりしていたんです。路面とクルマとドライバーが一体になって、心ゆくまま運転を楽しむことができたとき、それがロードスターの誕生日なんだ。人馬一体の意味がわかるときなんだ。そのためには、タイヤとクルマが同じ言葉で通じ合わなければならない。タイヤメーカーの開発陣と心を分かち合って、一緒にロードスターというクルマを創りあげることが、本当に大切なことなんだ、ということです。」

走った。走りに走った。笠原と池田は、広島・三次のテストコースのわずかな路面のうねりさえ体が覚えるほど走って、ひとつ、またひとつとカーブを越えるたびに、今の感じだ! 今のは違う……と顔を見合わせながら、たった1本のタイヤを創りあげた。

初代ロードスター新車装着タイヤ、“ブリヂストンSF325”。1989年以来、100万台を超えるロードスターが連綿と受け継ぐ人とクルマの自由で幸せな関係、“人馬一体”を初めて世に問うたタイヤである。

タイヤも、あの日のままにレストアしたい。
どうしても、それを実現したい。


それから27年が経ったある日、笠原のデスクの電話が鳴った。2018年に始動するNAロードスターのレストアプログラムに合わせて、SF325を復活させる開発プロジェクトへの召集を伝える電話だった。

「まさか、と思いました。30年近く前のタイヤを復活させるなんて話、今まで聞いたことがありませんでしたから。けれども、それをやるなら、自分しかいないだろうとも思いました。このプロジェクトは、私にしかできない。すぐにそう思いました。」

同じ頃、ブリヂストンの池田の下にも連絡が入った。マツダがSF325を復活させる……。

「ちょうど海外駐在から日本へ帰任したばかりだったんです。神様が降りてきた! 私は日本に呼ばれている! って思いました。30年前に初めて開発を担当したあのタイヤを、自分の手で甦らせることができるなんて!」

笠原と池田は、再び手を携えて1本のタイヤを創ることになった。

「ところが実際の作業は、山積する難題をひとつずつ切り崩す難しいものになりました。当時の資料は、ほとんど残っていません。タイヤを成形する金型はもちろん廃棄されていましたし、わずかに残された書類にもそのまま使えるものなど1枚もありませんでした。」

そう言って池田は、1枚のわら半紙を示した。そこには、SF325のトレッドパターンが描かれていた。手書き、である。

「タイヤのトレッドパターンは、性能に大きく係わる重要なものです。現在では、詳細に至るまでデジタルデータ化されていますが、当時は金型に彫り込まれたものがすべてだったんです。のっけから困ったことになったと思いました。幸い、マツダミュージアムに展示されているロードスターが、ほとんど走行していないSF325を装着していることがわかり、それをブリヂストンの研究所でデータ化することができました。細かい溝の1本1本を3次元で採寸して復元したんです。」

SF325の復刻に精を出す池田の傍らには、いつも皆川がいた。ちょうど初代ロードスターの開発が終わる頃に現場へ合流した皆川は、2代目ロードスター以降のタイヤ開発を受け継ぎ、長く池田の部下であるだけでなく、タイヤづくりに熱く燃える池田のよき理解者でもある。そして、職人気質あふれるタイプの技術者だ。

その皆川が、困難を極めたSF325復刻の裏舞台について口を開いた。

「30年の間に、ゴムや内部の構造材など、すべての素材が猛烈に進化しました。クルマもますますハイパワーになり、重量も増え、燃費性能や高度な電子制御系が伝えてくる複雑な荷重変化も受け止めることが、タイヤに求められるようになりました。そのような背景の中で設計された現在のタイヤは、高性能ではありますが、SF325の乗り味を彷彿とさせるものではありません。30年というのは、そういう時間なんです。SF325復刻のベースになるタイヤがない、最新の材料を使って当時の設計どおりに作るとまったく違うタイヤになってしまう。どうするべきか。答えは、1つしかありませんでした。SF325を、現代の技術でゼロから新設計しよう。ブリヂストンの持てる最新技術を惜しみなく投入して、“もっと自由に! もっと楽しく!”と声を掛け合って開発した、あのSF325の味わいを見事に再現した最新のタイヤを創ろう。この想いに、設計、製造を担当する精鋭たちも賛同してくれました。“どんなに些細なことでも構わない、すべてのこだわりをリクエストしてくれ。我々が100%受け止めるから!” そう言ってくれたんです。」

まるでタイムカプセルから取り出したように、当時のディテールが精緻に再現された“新作”のSF325。外観だけでなく、乗り味も見事に再現されている。それだけでは、ない。最新技術の粋を結集して創られたこのタイヤは、冷えた路面でも適切なグリップが得られ、軽量で、燃費への配慮も行き届いた最新のタイヤでもあるのだ。

1989年のあの日の感激を知っている者にとっては、走り出した瞬間に駆け巡る記憶に涙が溢れるかもしれない。新世代のドライバーにとっては、なぜロードスターが永く愛し続けられる1台なのかを知る機会創造となるかもしれない。ブリヂストンSF325は、当時のまま、当時を遙かに超えた。

「皆川にも大勢のチームスタッフへも、無理難題を言ったと思う……。ありがとう。」

池田がポツリとつぶやいた。

あの日の感動までも甦らせる。
レストアとは、人とクルマを一緒に未来へ届けること。


2017年某日、笠原と池田の姿がマツダのテストコースにあった。池田の想いをエンジニアとして支えたいとプロジェクトに志願した皆川の姿もあった。

最終試作のタイヤを装着した赤いユーノス・ロードスターに笠原と池田が乗り込んで、静かに走り始めた。

笠原と池田はプロジェクト当初をこう振り返る。
「このプロジェクトが始まった当初、何度も何度も“思い出合わせ”をしたんです。

頼れるデータなど、なにもない。かつて世界に、これがロードスターの走る気持ちよさです、と標榜したあの感覚は、2人の記憶の中にしか残っていなかった。だから、1つ、またひとつカーブを曲がるたび、アクセルペダルを踏み込んでスーッと加速するたび、ブレーキを掛けてジワッと減速するたび、池田さんと僕との記憶を確かめ合ったんです。」

「不思議なもので、みるみる記憶が蘇ってきました。この感じだったね、と隣を見ると、笠原さんもニヤッとしている。この感じは違うねと思うと、笠原さんも口元をキュッと結んでる。そのすべてを、綿密に綴ってノートの中にSF325を再現しました。28年前、すべてはここから始まったんです。その感激を、いま再びすべてのロードスターファンと分かち合いたいんです。」

「どうですか?」

最終試作を試す笠原に池田が話しかけた。笠原には、わずかに気になる感触があった。

「うーん……」

その表情を読み取った池田は、すぐにこう答えた。

「笠原さん、きっとそう言うだろうなと思って、もう1仕様、無理を頼んで作ってもらったタイヤを用意しています。最終の最終仕様です。ピットで組み替えて、ぜひ試してください。それが新時代のSF325です。」

池田さんらしいね、と笠原がニヤリと笑った数時間後、ブリヂストンSF325が30年近くの時を経て甦った。


時の流れに風化されない価値がある。
むしろ、流れる時の中でますます輝く価値がある。

時を駆けぬけて受け継がれる価値ある1台のクルマにとって、誠心誠意込められたすべての人の”心”こそ、それを紡ぐ力であること。
我々創り手だけでなく、きっと乗り手のあなたにも信じていただけると思う。

なぜなら、そこに佇むその1台は、
そんな一人であるあなたに愛された幸せなロードスターなのだから。

Special Thanks

SF325を製造してくださる株式会社ブリヂストン防府工場の皆様に、この場を借りて、改めてお礼を申し上げます。