Story of Diesel :Vol.01

世界で普及するクリーンディーゼル

モータージャーナリスト 清水和夫さん

プロのレーシングドライバー出身のモータージャーナリスト。
自動車の運動理論・安全技術・環境技術などを中心に多方面のメディアで執筆・講演活動を行うほか、内閣府など政府系委員も務める。
注目される次世代自動車においては独自の視点を展開。
著書に『ディーゼルこそが、地球を救う』(小川英之・金谷年展共著/ダイヤモンド社))『燃料電池とは何か』(平田賢共著/NHK出版)など多数。
日本カー・オブ・ザ・イヤー 選考委員。

「クリーンディーゼル」は、日本だけの呼び方なんです。

最近普及してきた「クリーンディーゼル」というフレーズですが、世界から見たらおかしな言い方で、じつは、ディーゼルがダーティーなものだと思われている日本だけの言葉なんです。
欧米では「ディーゼルは環境に良くない」というイメージがなく、いたって普通のエンジンとして普及しています。
しかし日本では「クリーン」という言葉を付けることでディーゼルのイメージを一新できたのかもしれません。

そもそも、ガソリンエンジンがこれだけ普及したのは、性能の善し悪しと言うよりは、特性のちがいが大きいです。
ガソリンエンジンは、エンジン自体を大きくすることが難しく、小さい仕事をしっかりこなすタイプのエンジン。だから乗用車のエンジンとして普及していきました。

最近普及してきた「クリーンディーゼル」というフレーズですが、世界から見たらおかしな言い方で、じつは、ディーゼルがダーティーなものだと思われている日本だけの言葉なんです。
欧米では「ディーゼルは環境に良くない」というイメージがなく、いたって普通のエンジンとして普及しています。
しかし日本では「クリーン」という言葉を付けることでディーゼルのイメージを一新できたのかもしれません。

そもそも、ガソリンエンジンがこれだけ普及したのは、性能の善し悪しと言うよりは、特性のちがいが大きいです。
ガソリンエンジンは、エンジン自体を大きくすることが難しく、小さい仕事をしっかりこなすタイプのエンジン。だから乗用車のエンジンとして普及していきました。

それに対してディーゼルは、エンジンを小さくすることが難しく、ダイナミックな仕事に向いている。だから重工業の方から発展していきました。大規模な船舶や発電に使われるのもディーゼルが中心でした。
先日、デンマークのコペンハーゲンにある「ディーゼルハウス」という、1910年ごろに建てられたディーゼル発電所を、ミュージアムとして開放している場所に行って来たのですが、そこで使われていたピストンの大きさには驚きました。
それが今、高圧コモンレール(燃料噴射システム)や、ターボチャージャーなど、多くの技術革新が積み重なったこともあり、乗用車用ディーゼルエンジンの小型化が進んできているのです。

なぜアメリカや日本に比べて、ヨーロッパでディーゼルが普及していったかという背景には、開発の歴史以外に、規制の違いがあります。
ヨーロッパはディーゼルを前提としていたので、少しディーゼルに緩い規制値をずっと持っていました。自動車の排出ガスに対する規制の出発点は、もともとは70年代の、アメリカのカリフォルニアのマスキー上院議員のマスキー法です。
アメリカでは当時、ロサンゼルスの雲がどんより曇って、子どもたちに青い空を取り戻したいっていうことで動きがはじまった。
ところが、アメリカの自動車メーカーのビッグ3は、「もう無理だ」と言って、みんな諦めてしまった。イタリアやフランスのメーカーは、「そんな規制があるなら、アメリカはもうダメだ」と言って、撤退しました。
そこに日本のメーカーがチャレンジしたんです。ホンダ、トヨタ、マツダもそうです。
最初にアメリカの環境保護庁=EPA(Environmental Protection Agency)の認可を取ったのが、ホンダのCVCCエンジンでした。当時は本田宗一郎さんが、商売抜きにして、ロサンゼルスの子どもたちに青い空を取り戻したいという思いのもとに取り組んだ。困ったときに人の役に立ちたい技術屋魂が、最初にアメリカの厳しい排ガス規制をクリアしたんです。

それに対してディーゼルは、エンジンを小さくすることが難しく、ダイナミックな仕事に向いている。だから重工業の方から発展していきました。大規模な船舶や発電に使われるのもディーゼルが中心でした。
先日、デンマークのコペンハーゲンにある「ディーゼルハウス」という、1910年ごろに建てられたディーゼル発電所を、ミュージアムとして開放している場所に行って来たのですが、そこで使われていたピストンの大きさには驚きました。
それが今、高圧コモンレール(燃料噴射システム)や、ターボチャージャーなど、多くの技術革新が積み重なったこともあり、乗用車用ディーゼルエンジンの小型化が進んできているのです。

なぜアメリカや日本に比べて、ヨーロッパでディーゼルが普及していったかという背景には、開発の歴史以外に、規制の違いがあります。
ヨーロッパはディーゼルを前提としていたので、少しディーゼルに緩い規制値をずっと持っていました。自動車の排出ガスに対する規制の出発点は、もともとは70年代の、アメリカのカリフォルニアのマスキー上院議員のマスキー法です。
アメリカでは当時、ロサンゼルスの雲がどんより曇って、子どもたちに青い空を取り戻したいっていうことで動きがはじまった。
ところが、アメリカの自動車メーカーのビッグ3は、「もう無理だ」と言って、みんな諦めてしまった。イタリアやフランスのメーカーは、「そんな規制があるなら、アメリカはもうダメだ」と言って、撤退しました。
そこに日本のメーカーがチャレンジしたんです。ホンダ、トヨタ、マツダもそうです。
最初にアメリカの環境保護庁=EPA(Environmental Protection Agency)の認可を取ったのが、ホンダのCVCCエンジンでした。当時は本田宗一郎さんが、商売抜きにして、ロサンゼルスの子どもたちに青い空を取り戻したいという思いのもとに取り組んだ。困ったときに人の役に立ちたい技術屋魂が、最初にアメリカの厳しい排ガス規制をクリアしたんです。

それを受けて日本国内でも、「そうか、日本もいけるんだな」ということで、産官学一体となって排ガス規制をマスキー法並みに厳しくしました。
しかし、ここでちょっとボタンのかけ間違いがあったと私は思っていて、これはのちのディーゼル普及にものすごく影響することでした。アメリカは排ガス規制をワンルールでやっています。ディーゼルだろうが、ガソリンだろうが、このルールですと。

ところが日本は、ガソリンとディーゼルの規制を分けました。ディーゼルはトラック業界とか、当時日本は、経済発展の途中だったので、物流トラックの排ガス規制を厳しくすると、経済活動に悪影響を及ぼすという、そういうロビー団体がいるわけです。じゃあ、トラックは排ガス規制をちょっと緩くしようと。
それで、ガソリンは厳しく、ディーゼルは緩くというベースができてしまったことが、実は、ディーゼルが悪しきディーゼルになっていく、ひとつの原因だったのではないかと思います。

それを受けて日本国内でも、「そうか、日本もいけるんだな」ということで、産官学一体となって排ガス規制をマスキー法並みに厳しくしました。
しかし、ここでちょっとボタンのかけ間違いがあったと私は思っていて、これはのちのディーゼル普及にものすごく影響することでした。アメリカは排ガス規制をワンルールでやっています。ディーゼルだろうが、ガソリンだろうが、このルールですと。

ところが日本は、ガソリンとディーゼルの規制を分けました。ディーゼルはトラック業界とか、当時日本は、経済発展の途中だったので、物流トラックの排ガス規制を厳しくすると、経済活動に悪影響を及ぼすという、そういうロビー団体がいるわけです。じゃあ、トラックは排ガス規制をちょっと緩くしようと。
それで、ガソリンは厳しく、ディーゼルは緩くというベースができてしまったことが、実は、ディーゼルが悪しきディーゼルになっていく、ひとつの原因だったのではないかと思います。

当時の技術力を考えると、ガソリン車並みの規制を入れると、ディーゼルにとって厳しい状況になってしまうので、段階的に自動車メーカーの技術を見ながら、「少しクリーン化できたら、ちょっと規制を厳しくする」というようなことをやっていけばよかった。
でも実際は、ずっとディーゼルは緩い規制のまま、ガソリン車だけ厳しくする。ガソリンはどんどんクリーンになっていって、世界に誇れるクリーンでエコなエンジンがつくれるようになった。
その一方でディーゼルは、おいてけぼりにされたんです。それで、石原都知事が怒った。だから僕は、石原さんは正しいことを言ったと思っています。
あのころ私は、小泉内閣の中のクリーンディーゼル普及検討委員をやっていました。そこで議論していたのは、まず燃料の質をよくしようということ。そして、ディーゼルの規制をちゃんと厳しくして、悪しきディーゼルは排除し、トラック、バス協会にもプレッシャーをかけ、黒い煤が出ないようにディーゼルのフィルターをつける。
それで、燃料メーカーには軽油のサルファー(硫黄分)を50ppmまでにしようと。これはお約束で、2008年までにやるということで、石油業界は合意しましたが、それを2005年に、3年早く達成したんです。
だから、みんなが課題を明確にして頑張ると、開かなかった扉も、開くんだという事を、当時は感じていましたね。

当時の技術力を考えると、ガソリン車並みの規制を入れると、ディーゼルにとって厳しい状況になってしまうので、段階的に自動車メーカーの技術を見ながら、「少しクリーン化できたら、ちょっと規制を厳しくする」というようなことをやっていけばよかった。
でも実際は、ずっとディーゼルは緩い規制のまま、ガソリン車だけ厳しくする。ガソリンはどんどんクリーンになっていって、世界に誇れるクリーンでエコなエンジンがつくれるようになった。
その一方でディーゼルは、おいてけぼりにされたんです。それで、石原都知事が怒った。だから僕は、石原さんは正しいことを言ったと思っています。
あのころ私は、小泉内閣の中のクリーンディーゼル普及検討委員をやっていました。そこで議論していたのは、まず燃料の質をよくしようということ。そして、ディーゼルの規制をちゃんと厳しくして、悪しきディーゼルは排除し、トラック、バス協会にもプレッシャーをかけ、黒い煤が出ないようにディーゼルのフィルターをつける。
それで、燃料メーカーには軽油のサルファー(硫黄分)を50ppmまでにしようと。これはお約束で、2008年までにやるということで、石油業界は合意しましたが、それを2005年に、3年早く達成したんです。
だから、みんなが課題を明確にして頑張ると、開かなかった扉も、開くんだという事を、当時は感じていましたね。

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