PROTOTYPE

すべての始まりはここから。
初代ロードスター誕生の原点となった、プロトタイプモデルをご紹介します。

[1985]
NA Prototype

[1985]
NA Prototype

主要コンポーネントは当時のマツダ車から流用、自走可能なプロトタイプモデル

ロードスターの礎となったライトウェイトスポーツ(LWS)計画が1983年11月からスタートを切り、本格的な検討へと進みました。

1984年11月にLWS計画の方針は定まったものの、当時のマツダ本社にはこのプロジェクトに携わる人員が足りなかったため、イギリスの自動車エンジニアリング会社であるインターナショナル・オートモーティブ・デザイン(IAD)社に自走可能なプロトタイプの製作を委託することとなりました。

IAD社には、マツダリサーチセンターアメリカ(MRA、現MNAOR&D)からデザイナーやモデラーも出向し、デザイン全体の監修を行っています。委託業務の目的は、おもに樹脂外板の研究を行うことであり、外板のデザインがしやすいようにIAD社が基本シャシーを設計。エンジン、トランスミッションは4代目ファミリア、サスペンションは初代RX-7など、主要コンポーネントは当時のマツダ車から流用しました。

成功を確信した「サンタバーバラの冒険」

赤で塗装されたこの自走可能なプロトタイプは1985年9月に完成。マツダによる完成検収が行われた後は、アメリカでの手応えを確認すべく、プロトタイプをカリフォルニア州サンタバーバラへと送り、街の中で走らせました。

マツダであることを知られないように配慮して試走しましたが、街行く人たちはこのクルマに大いに興味を示しました。ドライバーは多くの質問を受け、プロトタイプを停めると子供たちに囲まれるような場面もありました。この「サンタバーバラの冒険」に参加した担当者は、このクルマの成功を確信しました。

初代ロードスター(1989)と「サンタバーバラの冒険」に使われた可動プロトタイプ(1985)

初代ロードスター(1989)と「サンタバーバラの冒険」に使われた可動プロトタイプ(1985)

CONCEPT CAR

ロードスター30周年記念車の鮮やかなボディカラー「レーシングオレンジ」のヒントとなった、
ブライトイエローのショーモデル

[1989]
RS22 Miata MX5 Club Racer

[1989]
RS22 Miata MX5 Club Racer

「Dee-Lish(美味しい)」と表現されたクルマ

1989年のシカゴオートーショーでデビューした、ブライトイエローのコンセプトカー「クラブレーサー」は注目を集めました。マツダノースアメリカ(MANA)によってデザインされた6インチの大型スポイラーや透明な樹脂製カバーに覆われたヘッドライトのほか、パフォーマンスを向上するビルシュタイン製ショックアブソーバーなども装備されています。自動車専門誌「ロード&トラック」誌はこのクルマを「Dee-Lish(美味しい)」と表現しました。

シカゴオートショーで量産モデルと同時にデビュー

マツダは、1989年2月のシカゴオートショーで、MX-5ミアータ(初代ロードスター)のワールドプレミアを実施しました。構想着手から5年あまり、量産開発の開始から3年を経て、数々の困難を克服したロードスターはようやくデビューの日を迎えることができました。

会場には、レッド、ブルー、ホワイトの3色のボディカラーを並べただけでなく、イエローに塗られたコンセプトカー「クラブレーサー」も展示しました。この年のシカゴは大寒波の影響で記録的な寒さに見舞われたものの、会期中のマツダスタンドは連日MX-5ミアータを目当てとした来場客で賑わいました。

また、シカゴショーの情報を聞いた日本国内メディアの強い希望によって、急遽国内での発表会や試乗会が前倒しされることとなりました。1989年7月末からロードスターの予約会が開始されると、全国46か所の会場は購入希望者で溢れ返り、想像以上の大反響を持って迎えられました。

1989年シカゴオートショー

1989年シカゴオートショー

初代ロードスター予約会の様子

初代ロードスター予約会の様子

ロードスター30周年記念動画

ロードスターの誕生からNDへ至るまでの想いを、当時の開発主査・デザイナーを交えて語っていただきました。

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