ロータリーエンジンは、終わっていない。

―  13Bロータリーエンジン、継続生産の裏舞台を訪ねる。 ―

夢のエンジンを、夢で終わらせない。弛まぬ生産を支える人たち、工場、そして志。

 

2021年某日、広島。朝8時半、薄暗かった工場の明かりが灯り、間もなく見渡す限りの工作機械が順に低くうなり声をあげはじめた。マツダ第2パワートレイン製造部。ロータリーエンジン・13B型の部品を製造する工場。そう、ロータリーエンジンは、まだ終わっていない。

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もしこの物語を読もうとされているあなたが、これから運転免許証を手にして、自分の自動車がある生活に夢を抱く高校生、大学生世代であるなら、ここにあるのは、皆さんのお祖父さんお祖母さんが同じようにマイカーを手にすることを夢見ていた頃に産声をあげた機械たちです。ひょっとしたら若かりし頃の祖父母の腕には、皆さんのお父さん、お母さんが抱かれていたかもしれません。

そして、マツダがまだ東洋工業という社名だったその頃、私たちマツダも、自動車の未来に壮大な夢を抱いていました。意のままに運転できる自動車こそが人の感性を高め、人生を謳歌する喜びを無限に拡げてゆくに違いない。アクセルペダルを踏み込むほどに、どこまでも突き抜けてゆくように滑らかに活き活きと回転をあげるロータリーエンジンには、マツダが目指すそのような自動車への夢があふれていたのです。

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暖機運転が立たせる切削油の匂いが、工場の一日が今日も始まったことを皆に告げている。そびえる工作機械の間を縫うように残った薄緑色の床に沿って、ゆっくりと工場の奥へ向かう。世界中で広島のここにしかない、ロータリーエンジンのファクトリーツアーに皆さんをお連れしよう。

暖機運転が立たせる切削油の匂いが、工場の一日が今日も始まったことを皆に告げている。そびえる工作機械の間を縫うように残った薄緑色の床に沿って、ゆっくりと工場の奥へ向かう。世界中で広島のここにしかない、ロータリーエンジンのファクトリーツアーに皆さんをお連れしよう。

新車製作時と同じ加工機械 × 少人数によるハンドメイド

1つひとつゆっくり製作される、2021年製 13B型ロータリーエンジン

すぐに一人の人影を見つけた。工作機械の群れの中で作業中の彼は、佐藤哲也さん。ロータリーエンジンの製造に携わって36年。この工場一のベテランである。

すぐに一人の人影を見つけた。工作機械の群れの中で作業中の彼は、佐藤哲也さん。ロータリーエンジンの製造に携わって36年。この工場一のベテランである。

(マツダ本社工場所属 佐藤哲也)

(マツダ本社工場所属 佐藤哲也)

「この工場でロータリーエンジンの部品製造が始まったのは、昭和48(1973)年です。工作機械などの設備も同時期のものですから、半世紀近く働き続けていることになります。高い加工精度を保つためには工作機械の精度が絶対ですから、日常のメンテナンスは欠かせないんです。」

作業の手を止めて話してくれた佐藤さんに、いくつか訊ねてみた。

 

「ご存じない方が多いのですが、実はマツダはロータリーエンジンの製造を継続しています。新車への搭載は、RX-8(平成24(2012)年生産終了)までなのですが、それ以降も13B型の補修用部品と、新品の部品で組み上げたベアエンジン本体を製造し続けています。この工場がこうして残っているのは、そのためです。」

作業の手を止めて話してくれた佐藤さんに、いくつか訊ねてみた。

 

「ご存じない方が多いのですが、実はマツダはロータリーエンジンの製造を継続しています。新車への搭載は、RX-8(平成24(2012)年生産終了)までなのですが、それ以降も13B型の補修用部品と、新品の部品で組み上げたベアエンジン本体を製造し続けています。この工場がこうして残っているのは、そのためです。」

(製造中のローター部品)

重量感ある鉄の鋳肌が昭和という時代を感じさせる加工機械を見上げながら、続けた。

 

「我々の先輩たちが夢を託した機械たちです。コンピュータで制御される今どきの加工機械のように器用なことはできません。ここに並んでいるのは、すべて切削加工をする機械なのですが、刃物を一方向にしか動かすことができないので、1つの加工を終えたら次の機械にセットして次の加工という手順が必要になります。いま歩いてこられた入り口のあたりから順に、約40台くらいの機械を経て、ようやく1つのローターの基本的な加工が完了するんです」

重量感ある鉄の鋳肌が昭和という時代を感じさせる加工機械を見上げながら、続けた。

 

「我々の先輩たちが夢を託した機械たちです。コンピュータで制御される今どきの加工機械のように器用なことはできません。ここに並んでいるのは、すべて切削加工をする機械なのですが、刃物を一方向にしか動かすことができないので、1つの加工を終えたら次の機械にセットして次の加工という手順が必要になります。いま歩いてこられた入り口のあたりから順に、約40台くらいの機械を経て、ようやく1つのローターの基本的な加工が完了するんです」

「確かに旧式の機材ですが、先人のこだわりと工夫の粋をひしひしと感じる素晴らしいものです。36年間ずっと傍で一緒に働いている私には、そのことがまるで自分のことのようによくわかるんです。2021年製の13B型ロータリーエンジンが生まれる様子を案内しましょう。」

 

そう言って先を歩き始めた佐藤さんに付いて、工場のさらに奥へ向かって進むことにしよう。

 

「確かに旧式の機材ですが、先人のこだわりと工夫の粋をひしひしと感じる素晴らしいものです。36年間ずっと傍で一緒に働いている私には、そのことがまるで自分のことのようによくわかるんです。2021年製の13B型ロータリーエンジンが生まれる様子を案内しましょう。」

 

そう言って先を歩き始めた佐藤さんに付いて、工場のさらに奥へ向かって進むことにしよう。

 

最高の製作環境を保ち続けることが最高品質のための最初の工程

 

「ここでは、アペックスシールという部品をセットするための溝切り加工をします。三角形のローターの3つの頂点に組み付けられるアペックスシールは、ロータリーエンジンが最高の性能を発揮するための極めて重要な部品です」

 

ちょうど作業中だった鷲尾義和さんに話しかけてみた。

 

(マツダ本社工場所属 鷲尾義和)

(マツダ本社工場所属 鷲尾義和)

「溝幅の設計値は、2ミリです。それに対して、マイナス5ミクロン、プラス12ミクロン(1ミクロン=1/1000ミリ)以内の精度で仕上げます。回転する砥石を使って慎重にゆっくり削っていくのですが、加工を始める前に砥石の厚みや状態を念入りに確認するところからがこの作業です。砥石は、何度使っているうちに徐々に薄くなってきます。また砥石の表面にキズがあったりすると、溝の内壁にもキズが付いてしまいます。もちろん機械にわずかでも不具合があると、せっかくここまでいくつもの工程を経てきたローターを台無しにしてしまいます。そのようなことにならないように、毎回毎回、今が最高の作業環境であることを確認し続けることが、とても大切なんです。」

 

「溝幅の設計値は、2ミリです。それに対して、マイナス5ミクロン、プラス12ミクロン(1ミクロン=1/1000ミリ)以内の精度で仕上げます。回転する砥石を使って慎重にゆっくり削っていくのですが、加工を始める前に砥石の厚みや状態を念入りに確認するところからがこの作業です。砥石は、何度使っているうちに徐々に薄くなってきます。また砥石の表面にキズがあったりすると、溝の内壁にもキズが付いてしまいます。もちろん機械にわずかでも不具合があると、せっかくここまでいくつもの工程を経てきたローターを台無しにしてしまいます。そのようなことにならないように、毎回毎回、今が最高の作業環境であることを確認し続けることが、とても大切なんです。」

 

鷲尾さんもまた、この工場でロータリーエンジンと向かい合って35年の大ベテランではあるが、シャイでやさしい性格という仲間内の評判もまた間違いないようで、そこまで話すとまた機械の方を向いて作業に戻ってしまった。

 

「この工場でロータリーエンジン製造の現場に携わっているのは、総勢7名の小所帯です。同じ敷地内の別の工場棟でローターハウジングの加工の前半行程を行っているのですが、そちらを合わせても10名だけです。その人数で、ローターだけでなく、ローターハウジング、サイドハウジング、エキセントリックシャフトなど、ロータリーエンジンに必要なすべての部品を製造しているんです。たいへんですが、誰が欠けても困るような仲間意識の強さはあると思います。皆、個性的でとても楽しい職場ですよ。」

 

佐藤さんは、そう笑いながらまた歩き始めた。

鷲尾さんもまた、この工場でロータリーエンジンと向かい合って35年の大ベテランではあるが、シャイでやさしい性格という仲間内の評判もまた間違いないようで、そこまで話すとまた機械の方を向いて作業に戻ってしまった。

 

「この工場でロータリーエンジン製造の現場に携わっているのは、総勢7名の小所帯です。同じ敷地内の別の工場棟でローターハウジングの加工の前半行程を行っているのですが、そちらを合わせても10名だけです。その人数で、ローターだけでなく、ローターハウジング、サイドハウジング、エキセントリックシャフトなど、ロータリーエンジンに必要なすべての部品を製造しているんです。たいへんですが、誰が欠けても困るような仲間意識の強さはあると思います。皆、個性的でとても楽しい職場ですよ。」

 

佐藤さんは、そう笑いながらまた歩き始めた。

13B型・全10バリエーションを完全に作り分けるわずか10名のマイスターチーム

 

 

驚くべき数字がある。佐藤さんが笑顔で紹介したこの体制下、この工場からは毎月平均200〜400台分のロータリーエンジン用の部品が世界に向けて出荷されている。

 

2020年4月からこの工場の職長として着任した安部宏道、同係長として着任した水津直己は、現場に立つ彼らについて口を揃えてこう話す。

 

「13B型というロータリーエンジンは、実は搭載車種・仕様によって10種類ものバリエーションがあるんです。それぞれ使用している部品の仕上げが細かく異なります。この膨大な種別の部品を、世界中からの発注に応じて作り分けなければなりません。また、社内外の加工工程をすべて完了させて製品として完成させるために、部品によっては1〜2ヶ月の時間が必要になることもあります。そして、そのようにして完成した複数の部品を組み合わせて、1つのユニットに組み上げなければならないこともあるわけです。

そのような複雑な作業を、彼らはメンバー間のやりとりの中で見事にこなしています。ここで働く誰もが、複数の作業を完璧にこなす経験とスキルを備えています。さっきあの機械の前にいた人が、いまは別の機械の前で異なるスキルが求められる作業をしているというような光景が、ここでは日常なんです。自分の持ち分以外は引き受けないような人たちの集まりでは、絶対に不可能なチームワークがこの職場にはあるんです。」

2020年4月からこの工場の職長として着任した安部宏道、同係長として着任した水津直己は、現場に立つ彼らについて口を揃えてこう話す。

 

「13B型というロータリーエンジンは、実は搭載車種・仕様によって10種類ものバリエーションがあるんです。それぞれ使用している部品の仕上げが細かく異なります。この膨大な種別の部品を、世界中からの発注に応じて作り分けなければなりません。また、社内外の加工工程をすべて完了させて製品として完成させるために、部品によっては1〜2ヶ月の時間が必要になることもあります。そして、そのようにして完成した複数の部品を組み合わせて、1つのユニットに組み上げなければならないこともあるわけです。

そのような複雑な作業を、彼らはメンバー間のやりとりの中で見事にこなしています。ここで働く誰もが、複数の作業を完璧にこなす経験とスキルを備えています。さっきあの機械の前にいた人が、いまは別の機械の前で異なるスキルが求められる作業をしているというような光景が、ここでは日常なんです。自分の持ち分以外は引き受けないような人たちの集まりでは、絶対に不可能なチームワークがこの職場にはあるんです。」

たいへんではないか? 佐藤さんに投げかけてみた。

 

「自分と同世代でマツダに入った人間は、みんなロータリーエンジンに憧れてここへ来たんです。今は新車への搭載はないですが、ロータリーエンジンが目指した志の意味を、肌身で知っている世代なんです。そして、その想いに共感して、ロータリーエンジンが搭載したマツダ車を買ってくださったお客様が、世界中にたくさんいらっしゃることも知っています。そのようなお客様にいつまでもロータリーエンジンの素晴らしさを楽しんでいただきたい。

1つ、また1つとハンドメイドで製造するような体制ですが、見渡すところに全員の顔が見えるようなチームであることで、皆が等しく責任感を持って取り組むことができています。それが、この工場で働く最大の喜びだと思うんです。」

 

そう言うと、そびえるような高さの機械の合間をさらに工場の奥に向かって歩き始めた。

たいへんではないか? 佐藤さんに投げかけてみた。

 

「自分と同世代でマツダに入った人間は、みんなロータリーエンジンに憧れてここへ来たんです。今は新車への搭載はないですが、ロータリーエンジンが目指した志の意味を、肌身で知っている世代なんです。そして、その想いに共感して、ロータリーエンジンが搭載したマツダ車を買ってくださったお客様が、世界中にたくさんいらっしゃることも知っています。そのようなお客様にいつまでもロータリーエンジンの素晴らしさを楽しんでいただきたい。

1つ、また1つとハンドメイドで製造するような体制ですが、見渡すところに全員の顔が見えるようなチームであることで、皆が等しく責任感を持って取り組むことができています。それが、この工場で働く最大の喜びだと思うんです。」

 

そう言うと、そびえるような高さの機械の合間をさらに工場の奥に向かって歩き始めた。

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