いちど失うと取り戻せないもの、技術・人・そして志

―  ロータリーエンジンの継続に込めた真意【第2回記事】 ―

【前回のあらすじ】

1974年以来、13B型ロータリーエンジンを作り続けているマツダの工場を訪ねた。ロータリーエンジンとはなにか。マツダがロータリーエンジンを決して過去の1ページに封印しようとしない真意とは、なにか。

半世紀に及ぶ過去と未来の壮大なバトンリレー。製造の現場でそのバトンをつなぎ続ける13B型ロータリーエンジンの匠たちを訪ね、ロータリーエンジンに流れる熱い血潮を感じるファクトリーツアー。

前回に続いてこの工場で36年間働く佐藤哲也さんの案内で、油の匂いに満ちた工場のさらに奥へ、皆さんをお連れしよう。

(第1回記事「ロータリーエンジンは終わっていない」はこちら)

ひとつずつ手作業で丁寧に製作され続ける13B型ロータリーエンジン

 

そびえ立つ工作機械を縫うように敷かれた通路を、ずいぶん奥まで進んだ。それでもまだ先まで続くこの工作機械の列を一工程、一工程進みながら、やがてロータリーエンジンの心臓となる精密なローターが完成する。

 

その列のところどころに、測定具が置かれた作業台がある。

 

「加工の要所ごとで、部品の仕上がり精度を確認しています。ここにある工作機械は定期的に、特に重要な工程では作業を行うごとにメンテナンスや動作確認を実施していますが、高い品質を確実に保つためには、実際に加工された部品の測定が欠かせないんです。」

そびえ立つ工作機械を縫うように敷かれた通路を、ずいぶん奥まで進んだ。それでもまだ先まで続くこの工作機械の列を一工程、一工程進みながら、やがてロータリーエンジンの心臓となる精密なローターが完成する。

 

その列のところどころに、測定具が置かれた作業台がある。

 

「加工の要所ごとで、部品の仕上がり精度を確認しています。ここにある工作機械は定期的に、特に重要な工程では作業を行うごとにメンテナンスや動作確認を実施していますが、高い品質を確実に保つためには、実際に加工された部品の測定が欠かせないんです。」

 一定数ごとに抜き取りで、また工程によっては全数に対して実施される仕上がり精度の確認作業は、もちろん人の手によって行われる。何本かのノギスが並んだ台、複数のマイクロメーターが組み付けられた測定治具が置かれた台……。1つのローターが仕上がってゆく膨大な工程のそれぞれの段階で、その時々に必要な検査に適した測定具たち。その中で、ひときわ不思議な格好をした測定具に目が留まった。

 

 一定数ごとに抜き取りで、また工程によっては全数に対して実施される仕上がり精度の確認作業は、もちろん人の手によって行われる。何本かのノギスが並んだ台、複数のマイクロメーターが組み付けられた測定治具が置かれた台……。1つのローターが仕上がってゆく膨大な工程のそれぞれの段階で、その時々に必要な検査に適した測定具たち。その中で、ひときわ不思議な格好をした測定具に目が留まった。

 

「それは、ローターの外周が設計通りの曲線で仕上がっていることを確認するための検査具です。加工の最終工程に近い段階で行う作業で、抜き取りではなく、すべてのローターに対して実施しています。万が一、わずかでも想定した数値からずれていた場合は、加工工程を遡って納得できる精度に仕上がるまで修正作業を行います。」

「それは、ローターの外周が設計通りの曲線で仕上がっていることを確認するための検査具です。加工の最終工程に近い段階で行う作業で、抜き取りではなく、すべてのローターに対して実施しています。万が一、わずかでも想定した数値からずれていた場合は、加工工程を遡って納得できる精度に仕上がるまで修正作業を行います。」

まず測定の基準となるマスターピースを治具に組み付け、その四方を取り囲むようにぎっしり並んだ計測器をすべて正しくリセットする。次に検査を行うローターが組み付けられ、足元のスイッチを操作すると、ローターが測定器の中へ静かに沈み込んだ。それぞれの測定器が示した数値を読み取り、記録し、加修正の必要性を判断し、次の工程に1つ駒を進める。これを、製作するローター全数に対して行う。すべて、人の手で。

まず測定の基準となるマスターピースを治具に組み付け、その四方を取り囲むようにぎっしり並んだ計測器をすべて正しくリセットする。次に検査を行うローターが組み付けられ、足元のスイッチを操作すると、ローターが測定器の中へ静かに沈み込んだ。それぞれの測定器が示した数値を読み取り、記録し、加修正の必要性を判断し、次の工程に1つ駒を進める。これを、製作するローター全数に対して行う。すべて、人の手で。

「とても手間の掛かる測定作業ですが、ロータリーエンジンが最高の性能を発揮するために大切なことは何か、という先人のノウハウを私たちに伝えてくれるような作業でもあるんです。」

 

このような作業に興味があるのであれば、おもしろいものをお見せしましょう。そう言うと佐藤さんは、通路を曲がって背丈ほどの工作機械に囲まれた作業スペースに入った。

「とても手間の掛かる測定作業ですが、ロータリーエンジンが最高の性能を発揮するために大切なことは何か、という先人のノウハウを私たちに伝えてくれるような作業でもあるんです。」

 

このような作業に興味があるのであれば、おもしろいものをお見せしましょう。そう言うと佐藤さんは、通路を曲がって背丈ほどの工作機械に囲まれた作業スペースに入った。

「ここは、ローターの重量とダイナミックバランスを仕上げる場所です。ダイナミックバランスというのは、スムースなローターの回転を実現するために極めて重要な重量バランスのことです。もちろん、すべてのローターに対して1つひとつ手作業で行います。わたしがやってみせましょう。」

「ここは、ローターの重量とダイナミックバランスを仕上げる場所です。ダイナミックバランスというのは、スムースなローターの回転を実現するために極めて重要な重量バランスのことです。もちろん、すべてのローターに対して1つひとつ手作業で行います。わたしがやってみせましょう。」

そう言うと佐藤さんは、おもむろに加工待ちのローターを手に取り、秤に乗せ重量を確かめた後、機械にセットした。作動スイッチを押すとローターが回り始め、たくさん並んだメーターが現状のバランスの様子を示し、止まった。佐藤さんは、ローターを別の機械にセットし直し、示された数値を確認しながら、的確なポイントを正確に削っている。さらに別の工作機械も使って、測定と加工を何度も繰り返し、最後に重量とダイナミックバランスが適正値に仕上がったことを確認して、ニコリと笑った。

そう言うと佐藤さんは、おもむろに加工待ちのローターを手に取り、秤に乗せ重量を確かめた後、機械にセットした。作動スイッチを押すとローターが回り始め、たくさん並んだメーターが現状のバランスの様子を示し、止まった。佐藤さんは、ローターを別の機械にセットし直し、示された数値を確認しながら、的確なポイントを正確に削っている。さらに別の工作機械も使って、測定と加工を何度も繰り返し、最後に重量とダイナミックバランスが適正値に仕上がったことを確認して、ニコリと笑った。

「コンピュータ制御される現代の工場の様子をイメージされている方にとって、このような手作業は特別なことに映るかもしれません。けれども私たちにとって、これらはすべて日常なんです。新車への搭載が終了して生産数が少なくなったからハンドメイドに移ったというわけではなく、新車に搭載されて旅立っていったすべてのロータリーエンジンが、同じようにして製作されていました。世界中のお客様のガレージに迎えていただいたすべての13B型ロータリーエンジンが、この工場でこのような何工程もの手作業を経て完成したものなんです。」

 

少し間を置いて、自身のことを話してくれた。

 

「私は、クルマが大好きな高校生でした。自動車メーカーで働こうと決めて、ロータリーエンジンに興味を持ちマツダに入りました。当時、ロータリーエンジンに携わる部署で働きたいという希望を出した新入社員は多かったと思うのですが、私は運よくその夢を叶えることができました。学生時代の友人にそのことを話すと、とても羨ましがられました。みんなが憧れるロータリーエンジンに携われることは、マツダで自動車を造る者にとって誇りだったんです。ですから、新車への搭載終了が決まったとき、私は動揺しました。とても残念な気持ちになりました。

 

けれども同時に、ロータリーエンジンとその部品の生産は続けよう、マツダが自動車への夢を託して完成させたロータリーエンジンを造り続けることで、ロータリーエンジンを選んでくださった

世界中のお客様の想いに応え続けようということが決まったんです。

 

その日以来、13B型ロータリーエンジンの生産は、一日も休むことなく継続されています。そして、私は今もこうしてこの工場に立つことが適っています。

 

だからこそ、高い品質の部品を作り続け、お客様のロータリーエンジンの元気を守ることで恩返しせんといかんのんです。そのためには、先人が創意工夫の末に完成させたこの工場の設備を守り、すべてに込められた意味を理解し、その工程を丁寧に実践しながらロータリーエンジンの火を絶やさないために働くことだと思うんです。」

 

この工場で働く10名のメンバー全員が、そういう気持ちで現場に立っている。だから、手を動かし汗をかき、ハンドメイドのような作業を積み重ねて13B型ロータリーエンジンを製作する日常こそが、メンバーの働きがい。佐藤さんは、仲間の気持ちをそのように代弁して、また歩き始めた。

 

「この先で、仕上がったローターの最終チェックをしています。見に行きましょう。」

「コンピュータ制御される現代の工場の様子をイメージされている方にとって、このような手作業は特別なことに映るかもしれません。けれども私たちにとって、これらはすべて日常なんです。新車への搭載が終了して生産数が少なくなったからハンドメイドに移ったというわけではなく、新車に搭載されて旅立っていったすべてのロータリーエンジンが、同じようにして製作されていました。世界中のお客様のガレージに迎えていただいたすべての13B型ロータリーエンジンが、この工場でこのような何工程もの手作業を経て完成したものなんです。」

 

少し間を置いて、自身のことを話してくれた。

 

「私は、クルマが大好きな高校生でした。自動車メーカーで働こうと決めて、ロータリーエンジンに興味を持ちマツダに入りました。当時、ロータリーエンジンに携わる部署で働きたいという希望を出した新入社員は多かったと思うのですが、私は運よくその夢を叶えることができました。学生時代の友人にそのことを話すと、とても羨ましがられました。みんなが憧れるロータリーエンジンに携われることは、マツダで自動車を造る者にとって誇りだったんです。ですから、新車への搭載終了が決まったとき、私は動揺しました。とても残念な気持ちになりました。

 

けれども同時に、ロータリーエンジンとその部品の生産は続けよう、マツダが自動車への夢を託して完成させたロータリーエンジンを造り続けることで、ロータリーエンジンを選んでくださった

世界中のお客様の想いに応え続けようということが決まったんです。

 

その日以来、13B型ロータリーエンジンの生産は、一日も休むことなく継続されています。そして、私は今もこうしてこの工場に立つことが適っています。

 

だからこそ、高い品質の部品を作り続け、お客様のロータリーエンジンの元気を守ることで恩返しせんといかんのんです。そのためには、先人が創意工夫の末に完成させたこの工場の設備を守り、すべてに込められた意味を理解し、その工程を丁寧に実践しながらロータリーエンジンの火を絶やさないために働くことだと思うんです。」

 

この工場で働く10名のメンバー全員が、そういう気持ちで現場に立っている。だから、手を動かし汗をかき、ハンドメイドのような作業を積み重ねて13B型ロータリーエンジンを製作する日常こそが、メンバーの働きがい。佐藤さんは、仲間の気持ちをそのように代弁して、また歩き始めた。

 

「この先で、仕上がったローターの最終チェックをしています。見に行きましょう。」

何十年にもわたる日々の積み重ねが磨きあげた

"真の匠"たちが支えるロータリーエンジンの志

 

大中則史さんもまた、35年間この工場で13B型ロータリーエンジンの製作に携わっている。佐藤さんと同じく、13B型ロータリーエンジン部品のあらゆる製作工程をこなすが、ちょうどすべての加工工程を終えたローターの最終チェック作業をしていた。

(本社工場所属 大中則史)

 

「アペックスシール溝やサイドシール溝の幅や深さが規定値通りに仕上がっているか、エキセントリックシャフトが嵌合(かんごう)するギアの組み付け状態が適正であるか、キズや汚れなどの問題はないか総合判定をやっています。」

 

そう言うと、専用の検査具を順に検査箇所に差し込みながら、すっかり部品として仕上がったローターを手の中でくるくると回しはじめた。そして、ときどき検査具が差し込まれたあたりを指で撫で、光にかざして真剣なまなざしで何度も見つめている。

(本社工場所属 大中則史)

 

「アペックスシール溝やサイドシール溝の幅や深さが規定値通りに仕上がっているか、エキセントリックシャフトが嵌合(かんごう)するギアの組み付け状態が適正であるか、キズや汚れなどの問題はないか総合判定をやっています。」

 

そう言うと、専用の検査具を順に検査箇所に差し込みながら、すっかり部品として仕上がったローターを手の中でくるくると回しはじめた。そして、ときどき検査具が差し込まれたあたりを指で撫で、光にかざして真剣なまなざしで何度も見つめている。

(サイドシール溝の専用検査具)

(サイドシール溝の専用検査具)

「検査具の精度を保ちながらローターの状態を確実に確認するための手順は、細かく決まっています。その手順や作法を守らないと、検査具があっという間にダメになってしまうだけでなく、ローターにキズをつけてしまう可能性もあります。指で撫でるのは触感で誤差を見極めるためで、目視と共にとても大切な検査工程です。

 

すべてのノウハウは、先輩たちが自分に教え込んでくれたことです。そして自分たちが、後輩に伝えてゆかなければならないことだと思うんです。」

「検査具の精度を保ちながらローターの状態を確実に確認するための手順は、細かく決まっています。その手順や作法を守らないと、検査具があっという間にダメになってしまうだけでなく、ローターにキズをつけてしまう可能性もあります。指で撫でるのは触感で誤差を見極めるためで、目視と共にとても大切な検査工程です。

 

すべてのノウハウは、先輩たちが自分に教え込んでくれたことです。そして自分たちが、後輩に伝えてゆかなければならないことだと思うんです。」

作業が終わった手元をしばらく見ていたら、照れくさそうに笑った大中さん。表舞台に立つこととは無縁の職人気質で純な気配に、前回紹介した鷲尾さんを思い出した。そして、彼らこそ本当の匠だと感じた。自らを表現するためではなく、誰かの喜びのために舞台裏で静かに日々を積み上げ、究極の技能を身につけたこの工場の人々に本物の匠の姿を見る気がした。

 

「ありがとうございます。けど、わしらにとってこれらは、本当に日常なんじゃ。わずかな期間でも止めてしまうと、取り戻せないことってあると思っとる。機械は錆びついてしまうし、正しい動かし方を知っている人もおらんくなってしまう。先輩の指先から移し伝えてもらったロータリーエンジンの各部を判断する指感覚も消えてしまう。なにより、ロータリーエンジンに夢を託した先輩たちの想いや志が、消えてしまうような気がするんじゃ。じゃけん、その火を絶やしたらいかんという使命を与えられた製造の現場のわしらなんじゃ、ということで十分なんよ。」

 

そろそろお昼休憩にしませんか?そう言われて時計を見たら、もうそんな時間になっていた。天窓のある屋根から明るい陽差しがたくさん降り注いで、工場中の工作機械を真っ白に光らせていた。

作業が終わった手元をしばらく見ていたら、照れくさそうに笑った大中さん。表舞台に立つこととは無縁の職人気質で純な気配に、前回紹介した鷲尾さんを思い出した。そして、彼らこそ本当の匠だと感じた。自らを表現するためではなく、誰かの喜びのために舞台裏で静かに日々を積み上げ、究極の技能を身につけたこの工場の人々に本物の匠の姿を見る気がした。

 

「ありがとうございます。けど、わしらにとってこれらは、本当に日常なんじゃ。わずかな期間でも止めてしまうと、取り戻せないことってあると思っとる。機械は錆びついてしまうし、正しい動かし方を知っている人もおらんくなってしまう。先輩の指先から移し伝えてもらったロータリーエンジンの各部を判断する指感覚も消えてしまう。なにより、ロータリーエンジンに夢を託した先輩たちの想いや志が、消えてしまうような気がするんじゃ。じゃけん、その火を絶やしたらいかんという使命を与えられた製造の現場のわしらなんじゃ、ということで十分なんよ。」

 

そろそろお昼休憩にしませんか?そう言われて時計を見たら、もうそんな時間になっていた。天窓のある屋根から明るい陽差しがたくさん降り注いで、工場中の工作機械を真っ白に光らせていた。

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