それぞれが12.7cm程しかないクルマのサスペンションブッシュを
箸と比べるという行為は、突拍子もなく感じる。
だがそこには多くの共通点があった。
マツダの虫谷泰典は、「サスペンションブッシュはその小さな見た目以上に、
クルマのパフォーマンスを左右する存在だ」と語る。
Words Ed Cooper/ Images Lol Keegan
ほんの僅かであっても繊細な操作を運転中にしていることを説明する上で、箸は理想的な表現だと虫谷は話す。軽量で細長く、先端にかけて細くなっている形状の箸を使用する際、どの程度の力を加えるべきかを瞬時に判断し、実際に箸を使うことでフィードバックを得られる。
竹などの箸の素材も食べ物の味、ひいては食事全体の知覚に影響することから、箸は食べるための道具ではなく、触感の延長であるべきと言われている。この考え方は、サスペンションブッシュに対するマツダの哲学と一致すると虫谷は考える。サスペンションブッシュもドライバーの触感の延長であるからこそ、運転がより快適になり、クルマのコントロールが高められる。その結果、起伏のある道、でこぼこ道や急カーブの道でも、クルマとの「人馬一体感」が感じられる。
サスペンションブッシュは、クルマのサスペンションシステムを構成する小さなクッション性のあるパーツで、路面の凹凸を吸収し、クルマの下で発生するノイズを抑え、特にコーナリング時のシャシーの動きの量を制御するために設計されている。これらの要素は、クルマにとってデザインと同じくらい重要な要素だ。サスペンションブッシュを構成する部品は小さいながらも、クルマやドライビングに対して大きな役割を果たしていることは、エンジニアリングの驚異と言えるだろう。
マツダのサスペンションブッシュに対して、虫谷は大きな役割を果たしている。虫谷のサスペンションブッシュシステムの構想は、マツダに入社した1988年に思いつき、その翌年の1989年にマツダを代表するモデル、初代ロードスターから始まった。しかし1997年に操縦安定性能の部署に異動した虫谷の想像力を掻き立てたのはロードスターではなく、2000年に生産が始まった商用トラックのタイタンダッシュだった。
彼は即座に幾つかの調整を行い、サスペンションブッシュにも手を加え、商用車に特徴的な固い乗り心地を、滑らかで快適な乗り心地へと変化させた。「サスペンションブッシュの構造を1か所変更するだけで、振動だけではなく、トラックの動きを大きく改善することができました。非常に小さなパーツですが、ドライビングに大きな影響を与えるんですよ」と虫谷は語る。
サスペンションブッシュの形状や構造は、人の感覚に頼ることを前提に決定する。
大切なのは直感、そして物事をシンプルに捉えること。
驚くことに、マツダのサスペンションブッシュの製造は機械に依存していない。虫谷によると、製造に入る前に製作されるサスペンションブッシュのプロトタイプには、人の手が欠かせないそうだ。人の手によって、測定や角度の正確性が確保される。
「サスペンションブッシュの形状や構造は、人の感覚に頼ることを前提に決定します。大切なのは直感、そして物事をシンプルに捉えること」と虫谷は語る。
ドライバーとクルマのつながり、そしてドライバーとクルマ間のコミュニケーションこそが、マツダの強みだ。マツダのサスペンションブッシュはドライバーとクルマ、双方にメリットをもたらしている。クルマはサスペンション、ハンドリング、動力性能を通じてドライバーとコミュニケーションを行い、ドライバーは調整を行いながらクルマのコントロールを維持することができる。
虫谷は「クルマは高度になり過ぎてはいけない」と言う。
「クルマの性能が良くなり過ぎると、ドライバーはクルマにコントロールされているような気分になる。クルマを運転するのは、あくまでもドライバーです。これがマツダの人馬一体という哲学につながっています」。
安全性と「走る歓び」を実現させる、この小さなサスペンションブッシュは、マツダのすべてを物語っている。