マツダの匠、川野 穣(かわの ゆたか)は、フォルムを通じてアートを創造する、熟練の職人だ。
金属モデリングを専門とする川野が生み出すのは、
生産ラインから出荷されるすべてのマツダ車に共通するデザインと丁寧な作り込みの象徴となっている。
今回はマツダの本拠地、広島を訪れ、金属の匠に話を聞いた。
Words Ed Cooper / Images Irwin Wong
広島は朝から気温が上昇し、湿度が高かった。市内の至るところでは、通勤・通学の人々が電車に乗り込み、子どもたちは元気に自転車に乗って学校に向かい、喫茶店ではモーニングメニューが提供され、人々に活力を与える。マツダのデザインモデリングスタジオの川野はすでに数多くのハンマーと木槌、それに無数の金属切断用のハサミを作業ベンチの上に並べていた。背後に設置されたジェネレーターが動き出すと、川野の一日が始まる。
マツダの「人間中心の設計思想」を体現
川野の作業場を訪れると、外よりは少し涼しく感じた。匠はすでに紙のように薄い金属シートをハンマーで叩き、曲げる作業に入っていた。生産ラインから出荷されるマツダ車に共通するデザインを想起させる、独自のアート作品を創造するために、光沢のある素材を巧みに操っている。ハンマー、トングと万力(まんりき)を使って川野が手を加えているのは、「羅針」と名付けられた彫刻のパーツのひとつ。11個のパーツを融合して、作品は完成する。完成した作品は、マツダの現在のデザインと類似しているだけではなく、未来のクルマにとって理想的なデザインの指針となる、滑らかでよどみなく、輝きを放つ作品になるそうだ。
川野の作業場を訪れると、外よりは少し涼しく感じた。匠はすでに紙のように薄い金属シートをハンマーで叩き、曲げる作業に入っていた。生産ラインから出荷されるマツダ車に共通するデザインを想起させる、独自のアート作品を創造するために、光沢のある素材を巧みに操っている。ハンマー、トングと万力(まんりき)を使って川野が手を加えているのは、「羅針」と名付けられた彫刻のパーツのひとつ。11個のパーツを融合して、作品は完成する。完成した作品は、マツダの現在のデザインと類似しているだけではなく、未来のクルマにとって理想的なデザインの指針となる、滑らかでよどみなく、輝きを放つ作品になるそうだ。
マツダのデザイナーたちは川野に会いに行き、知恵とインスピレーションを得て、
マツダの未来をつくるコンセプトカーをデザインする
真の職人として尊敬を集める川野は使い込んだ道具、帯のこ、溶接マスクに囲まれた作業場で生き生きと作業している。作品や未完成品に囲まれた川野を見ていると、マツダの人間中心のデザインアプローチを体現しているようだ。手掛けた作品は、近代デザイン美術館や高級アート専門のギャラリーで展示されていても何の違和感もないが、実際に川野が手掛けているのは実用的で、広範囲で役立つものである。マツダのデザイナーたちは川野の作業場に足を運び、知恵とインスピレーションを得て、マツダの未来のラインナップを形成するコンセプトカーをデザインすると聞いた。同様に、彼の板金アート作品は、自身の作業場から数百メートル離れた場所で製造されているクルマに直接関係している。彼のスタジオのあちこちで見受けられる、光沢のある金属は、MAZDA3を含むマツダのクルマのインテリアに採用されているクロームトリム、そしてクルマ全体のフォルムに活かされている。
川野の影響はクルマの外観だけではなく、クルマを見る人の感情にまで及んでいる。彼の作品は、見る人に幸福感や充足感を与えるのだ。それが意図的かどうかはさておき、工芸にはこのようなイメージを新たな次元に押し上げる力があると川野は言う。「私の作品を見て幸せな気持ちになる人がいれば、私も幸せです」と川野は笑顔を見せた。
川野が使っている道具は、自らの手で作り上げたもの、または市販の道具に手を加えたものだ。使用するハンマー、万力用アタッチメント、オーダーメイドの金敷きはすべて実際の用途に合わせて調整されており、見た目も素晴らしい。彼が手首に巻いている保護用のリストバンドは、先が細くなったデニム生地で作られている。川野は老木の幹の根本にある割れ目を利用して、銅器を成形する様子を見せてくれた。このような作業は彼自らの技術を磨き、その結果として研ぎ澄まされた商品計画、デザイン、開発、生産という一連の流れを網羅する「モノづくり」を通じて、マツダのデザイン戦略を未来に向けて進化させるのだ。川野は「もっと努力しなければいけない領域があります。今のままでは不十分だと思っています」と語る。
「自らを継続的に高め、もっと高い次元を目指さなければならないと感じています。」
外部の人間の視点では、川野はすでにマツダのデザインの最高のレベルに達し、最大の影響力を持っているように見える。18歳の時に板金を始めて以来、川野はマツダのさまざまな部署・領域で仕事をしてきた。技能五輪全国大会に向けて訓練を行った後、ボディ生産に携わり、その後デザイン本部に異動した。デザイン本部では約40年間、板金だけではなく絵画や裁縫といった分野で自らの技術と感性を磨き上げてきた。川野の現在の役割は、クレイやデジタルで表現されたデザイナーのアイデアを具現化すること。金属、樹脂、革などのさまざまな素材を利用して、より表現力があり、精緻なモデルやアートワークを製作するのだ。他にも、若い世代のデザイナーやアーティストたちと協業して、アート作品やモデルのサンプルを製作、金属加工に関する深い知識とマツダのデザインフィロソフィーを継承している。
「若い人たちと一緒になって働いています。必要に応じてアドバイスもするし、彼らから学ぶこともありますね。一緒に仕事をしながら、お互い成長しているんじゃないかな。」
11個の金属パーツを使って川野が製作した彫刻物「羅針」
還暦を迎えた川野がマツダで培ったクラフトマンシップは、日本の伝統的かつ独自の技法とデジタルの連携の実現という、確固たる事例を作り上げた。そして川野の活躍は、マツダに留まらない。宮島にある大聖院の「消えずの火」プロジェクトでは、川野は銅製の灯火台の製作を担当。また、広島のさまざまな企業との協業を通じて、広島で受け継がれている製造という伝統にインスピレーションを受けた。彼の時代を超えたデザインは、見る人の目と心を奪う。
「人の手で作られたものを見ると、温かみを感じますよね。人の手で作られたものは、とても大切だと思います。失くしてはならないですね。」
川野がマツダのクルマに与えた影響は、インテリアのクロームトリムなどの細部から、クルマ全体のフォルムにまで見られる。